今回は、私が起業を決意したきっかけについてお話ししたいと思います。
それは、単刀直入にいうと「このようなエージェントモデルがある会社が、近くになかったから」ということになります。ですから、もし既にそのような会社があったのなら、多分、56歳で会社を起こそうとは思わなかったかもしれませんし、恐らくエージェントになっていたと思います。
長年勤めた製造業を早期退職し、不動産の世界へ本格的に飛び込もうとした際、実は最初から独立を考えていたわけではありませんでした。当初は、ある不動産会社に入社し、そこで実務経験を積む道を模索していました。しかし、その会社との面談を重ねる中で、私自身の目指す働き方と報酬の面で、社長との間に埋めがたい大きな考え方の違いがあることに気づきました。
自立したパートナーとしての働き方を求めていた私は、面談先の企業に対し、自ら報酬の条件を初期より大きく引き下げてでも共に新しい事業(収益不動産部門)を創り上げたいと提案しました。私の提示した内容は、初期段階の売り上げのほぼ全てが会社側に入るような、会社にとって極めてリスクの低い提案でした。しかし、返ってきた回答には、私への歩み寄りは一切ありませんでした。
『当社は困っていない』『この条件に合わせられないなら他へ行って構わない』
という何とも言えない内容でした。さらに私がびっくりしたのは、その交渉の中で「非常に高い営業ノルマ」でした。初期段階の売り上げのほぼ全てが会社側に入るような提案をしたにも関わらず、初年度から非常に高い売り上げ目標だけを一方的に要求されたのです。対等なパートナーシップを築こうとした想いが、厚い壁に跳ね返されたような、かなり大きな悔しさとショックを味わいました。私はこの提案を受け入れるべきかどうかをかなり悩みました。しかし、このようなゼロ回答で個人の犠牲の上に成り立つような企業に勤めることが、自分の後半の人生を歩むにあたって、決して幸せに繋がらないと結論になりました。そして、この挫折感こそが、私の目を覚まさせてくれました。既存の枠組みの中では、所詮は会社の社長の都合と論理に飲み込まれるだけなのだと。
『自分の求める環境がないのなら、自分で創るしかない』。
あの時突きつけられた現実が、現在のビジネスを立ち上げる原動力になったのです。
そうして模索していた中で出会ったのが、エージェントを「対等なビジネスパートナー」として尊重し、努力した分だけ正当に報われるREMAXのモデルでした。まさに自分が求めていた環境でした。
あの時の経験がなければ、今の「REMAX Linkage」は誕生していなかったかもしれません。
私は、かつての自分のように「熱意はあるが、既存の枠組み(過大なノルマを課す)に合わない」という人を生み出したくありません。だからこそREMAX Linkageは、将来的には、未経験からでもじっくりと伴走し、自立したエージェントが心からの誠実さをもって地域と繋がり、その努力がフェアに還元される場所でありたいとも考えております。
私はこれからも、我々と関わるエージェントが共に成長できる環境を、自らの手でそして共に歩むであろうエージェントと共に創り続けていきます。